芹沢と鴉

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「いややわ、もう薄暗くなってきた」 「えっ」 梅の言葉に慌てて外を見る。 すでに地平線は赤く縁取られ、 反対側から闇がじわじわと迫っていた。 「うちもう行きまへんと!」 あわあわと立ち上がる。 「ああ、お仕事やな。すっかり話し込んでもた…」 申し訳なさそうに眉をひしゃげる梅に、麟は今までに無いほど優しい笑みを向けた。 「今度甘味屋でも行きまへん?またお話したいわぁ」 梅もほっとしたように笑った。 「ほな、そこまで送ってこか」 梅の言葉に返事をしようとした口を開いたとき、廊下から響く男の声がそれを遮った。 「私が送ろう」 新見だった。 「道々話したい事もある」 相変わらずひょろ長い体だ、と麟は一人思う。 とても剣の道を修めているとは思えない。 「そやなぁ…夜の京は危ないからな。新見はんお願いなぁ」 梅が勝手に取り仕切る。 送ると言っておきながらこちらのことなどお構いなしに歩き出してしまった新見を急いで追った。 「ほなな、お梅はん!」 忙しなく振り返ると梅がまだにこにこしていた。 スタスタという表現がぴったりなほど、新見は歩くのが速かった。 ついていくことに必死になっていると、唐突に新見が口を開いた。 「芹沢先生はお前を見つけてから変わった」 「変わった?」 「人を愛せるようになった」 なんだか間の抜けた答えではあったが、新見の目は真剣だった。 「酒を飲んで女を抱く事でしか寂しさを紛らわせられない人だった。ずっと。だが今あの方には大切なお方がいる」 「お梅はん?」 「そうだ。俺も芹沢先生とは長い付き合いになるが、あんなに幸福そうな先生は初めて見た」 だから、と新見はそこで一度言葉を切った。 「礼を言う」 麟は何も答えなかった。
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