かんざし

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「局中法度?」 久しぶりの芹沢の接客。 猪口に酒を注ぎながら首を傾げると芹沢は頷いた。 「ありゃどう考えても鼠取りだな」 「ネズミトリ…」 意図が解せずに眉をひそめると芹沢は視線を鋭くした。 猪口を勢いよく煽って息を吐く。 「背いたら切腹っつう…究極の法度さ」 「それが何で鼠取り?」 「わかんねえか?法度に背いてるって言われりゃあ腹切るしかねえんだぞ。どう考えても局内から抹消したい奴がいるとしか思えねえ」 「それがつまり」 あんたなわけだ。 芹沢は黙って酒を仰ぐ。 口の表情は、みるみるうちに曇っていった。 「あんた殺されるの?」 「さァなぁ。切腹させて頂けるんじゃねえか?」 「同じだよ」 まぁ、と芹沢が首をコキコキ鳴らした。 「仕方ねえのかもな」 口は力無く首を振るしかなかった。 芹沢はその日、 酒だけ飲んで帰っていった。 もう少しのんびりしていけばいいのに、という口をやんわり拒んで、近頃は仕事が忙しい、と言葉を濁した。 聞けば壬生浪士組会津公から新しく『新撰組』と名を授かったという。長州の一軍が京に向かってきた騒動の時、御所の警備を命じられ、非常に素晴らしくこなしたのだと。 一時、御所の門番に足止めされて一悶着あったそうだが、その時も芹沢の一喝が功を奏したという。 まさか芹沢の口から、仕事が忙しいだのなんだのという文句を聞くことになろうとは思わなかった。
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