かんざし

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「麟ちゃん、麟ちゃん!」 息を切らした梅が時雨屋へと飛び込んできた。 驚いている女将を押し退け、 叫ぶ。 「芹沢はんが…芹沢はんが!」 「お梅はん…?」 叫ぶ声に麟が慌てて二階から駆け降りてきた。 乱れる息の合間に、梅は声を絞りだした。 「芹沢はん、が…付け火を…」 そこまで言って、 梅はへたりこんでしまった。 「知らせ、聞いて…すぐ、行ったんやけど…はぁっ…うちじゃ駄目やった…」 数秒立ちすくんでから麟の口が小さく動いた。 「…しょ」 「え?」 「場所、は?」 「二本先の通りの…金貸し屋」 梅が指を指す。 麟は頷くと駆け出した。 「女将はんっ、そのお人休ませたっといて!」 麟は強く地面を蹴った。 (なんで…付け火なんか!) 走りながら唇を噛み締めた。 行く人々が、走り抜ける麟を振り返る。 そして麟の行く先に黒い煙が立ち上っているのに気づいては驚愕の声を上げた。 付け火は大罪。 局長と言えど、安易に許されるはずもない。 京の建物は燃えやすい。 燃え移りだしたら… 考えてぞっと全身に鳥肌がたつのを感じた。 角を曲がる。 「はぁ…はぁ…」 そこには黒山の人だかりがあった。麟は一度立ち止まり、 それから意を決したようにまた走り出した。 「すいませんっ、どいて!」 麟は叫びながら人だかりをくぐり抜ける。 中心に辿り着いた時、 そこには、泣き叫ぶ店主と、居心地の悪そうな新見、 そして、あぐらをかいて座る無表情の芹沢。 店は火の粉を散らしながら炎をのぼらせていた。 あたりは焦げた木の匂いで満たされている。 麟が声も出ずにただ口をぱくぱくさせていると、芹沢がこちらをゆっくりと振り返った。
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