かんざし

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「こんなところで何してんだ」 低い声に一瞬怯む。 「帰れ」 「…お梅、さん」 その名に、芹沢の目が鋭くなった。 「うちんとこ来たよ。泣きそうだった」 芹沢は何も言わずに視線を落とした。 「なんで…?」 「新見」 口の声が聞こえなかったかのように芹沢が声を上げた。 「帰るぞ」 それだけ言って芹沢は立ち上がり、すたすたとその場を立ち去ってしまった。 慌てて新見が後を追っていく。 新見は一度だけ振り返ると、 口に小さく頷いて見せた。 ―――すまん。 目がそう語りかけてきた。 口はどうする事も出来ずにその背中をじっと見つめていた。 燃えゆく店の回りでは、芹沢が消えたことでようやく消火活動を始めようとしていた。
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