かんざし

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今回の芹沢の悪事は、会津公の耳にも早々と届いていた。 京の安全を守るはずの新撰組が、しかも局長が大罪を犯したとあれば会津公も黙ってはいられない。 芹沢たちには内密に、 近藤に呼び出しがかかった。 芹沢はと言えば、 あれ以来時雨屋を訪れる事も無く、塞ぎこんでいる。 梅が何度聞いても、 結局付け火の理由を口にすることはなかった。 「総司」 朝の稽古も終わろうかという時だった。 「着替えたら俺の部屋に来い」 「…はい、土方さん」 久しぶりに見た。 土方の心からの苦々しい表情。 (何かあるんですね…) 感じる。 底の見えない不吉な予感を。 沖田は乱れた髪を軽く手直してから部屋へと走った。 土方の部屋に足を踏み入れると そこにいたのは土方だけではなかった。局長近藤を始め、山南敬助、原田左之助もいる。 いずれも試衛館時代から慣れ親しんだ面々だった。 「総司、座れ」 重苦しい空気がのしかかる。 沖田が静かに腰を降ろすと同時に土方が話し出した。 「会津公から直々に任務が命じられた」 ごく、と誰かが息を飲んだ。 「芹沢を、消す」 部屋の中の空気が、 一度動きを止めた。 「そのためにまず、新見を消さなきゃあならねえ。これを明後日、総司と俺で実行する」 いいな、と土方が沖田を見た。 沖田は艶やかな目を数回しばたたかせてから、にっこりと笑った。 「わかりました」 邪なものなど何も映さないような沖田の目から、土方は思わず目を背けた。 沖田は命の重みを知らない。 友人だろうと同志だろうと、 斬れと言われた瞬間にそれら全てを割り切る。 そういう男だ。
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