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通されたのは割に小綺麗な部屋だった。
張り替えたばかりの障子と、使い込まれた漆の盆が目に優しい。
「この店一度来てみたかったんだよねー」
そう言いながら藤堂が藤色の座布団の上に腰を降ろした。
ツギがあててあったが、美しい菖蒲の刺繍で巧みにそれを隠してあることが藤堂の気に入った。
「なんでまた?」
さほど興味もなさそうに原田が尋ねた。
「いや、八番隊の隊士たちから聞いたんだけどさ。ここ、最近どうも『アレ』の名手がいるらしくて」
どんなかなあ、と藤堂はすでに頬を緩ませている。
藤堂はとりわけて女好きというわけではないが、かといって女嫌いでもない。
江戸らしい昔ながらの男の意地にも外聞にもそれほど固執する性格ではないので、とにかく好きなものは好き、興味あるものは興味ある!と名言する単純明快な男である。その実直さが買われていた面もあるのだが、それは本人には知り得ない話だ。
そんな藤堂を少々羨ましく思いながらもやはり自分はそうはなれそうもないな、と永倉は人知れず嘆息した。
そうこうしていると、障子の向こう側にやわらかな足音が聞こえた。
「麟姐さまのご到着です」
禿の幼い声が響く。 すーっと障子が開いたかと思うと、
緋色に蝶を散らした着物を身にまとった少女が三指をついて頭を下げているのが目に入った。
少女はゆっくりと頭を上げると、にっこりと微笑んだ。
「おいでやす、お侍さん方…。麟どす」
シャン…と頭飾りが揺れた。
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