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「お前の、におい俺につけて。」
彼につけられた香水は、所有の証し。
けれども、彼は猫のように次から次へと、寝床を探し、居つかない。
「一度だけ…、キ…ス、…させて欲しい。」
震える声で一言だけ…。
―あぁ堕ちた。
彼の纏う闇に、ひきずられる。
抗うことのできない、不思議な引力。
微かに、彼の唇の端が上がった。
それに僕は気付かない。
夢遊病者のようにフラフラと、その唇に引き寄せられた。
僕にはもう、常識だとか理性だとか、全てを判断する能力が欠落してしまった。
何も考えることができない。
彼の薄い唇に自分の唇を近づける。
彼は瞳を閉じて、首を傾けて待っている。
最後の一線。
越えてはいけないと、頭の片隅で木霊する。
『は・や・く。』
なかなかキスをしない僕に焦れて、急かす。
―もう、ダメだ…。
そっと、唇を、合わせる。
冷たい感触が僕の唇を覆う。
僕は胸が痛んだ。
チリチリと心の赤い糸の導火線に、火が灯された。
―堕ちる…。甘美で、心地良く、そして全身が、静かに冷えていく。
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