否定

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そう笑んで、再び名前を言っていく。 「松田京子」 「山本、千代…」 それだけを残していたかのようにゆっくりと噛み締めるように言った。言った時に貴が少し、眉をピクリと動かしたことを見逃さずに…。 「やっぱりね」 呆れたように保ってきていた笑みを崩して、凜とした表情になった。 そうして、視線をテーブルのワイングラスの方へと落とした。濃厚な赤色をしたそれはグラスの三分の一ほどまで残っている。 「一昨日、帰ってきた時優花さんに会ったわ…優花さんは何にも変わってなかったね。相変わらず優しくって、綺麗だった。その優花さんにだけど、いっぱい聞いたわ……山本千代のことを」 真奈は眉間にシワを寄せて、その名を言った。憎々しげに言う真奈の表情は沈みそうなくらい暗かった。 「今年…色々あったのね。彼女と……」 顔に影を作って、真奈は笑った。 貴は何も言わず、相変わらずの仏頂面で視線を窓の外に向けている。 その光景は傍から見たら、別れ話をしていると思われる光景だった。 「彼女は良い性格をしてるわね。何も知らずにのうのうと暮らしている、腹が立つくらい」 「仕方がない」 その貴の言葉に真奈は目を見張って反論をした。 「仕方がない? ハハッ、仕方がなくないわ。彼女は知ろうとしないのよ。ここまで来ると愚かよ、彼女は可哀相で愚かな娘…」 真奈は冷笑を浮かべて、その彼女の名を二度、三度と噛み締めるように言った。そして、一度しゃっくりをした。 「…愚かな彼女は強欲の泥棒猫で二度に渡り、人の命を奪うのでしたぁ」 真奈は半ば叫びかけで、手を大きく上に広げて、お伽話を話すように言った。 貴は心底、欝陶しそうにため息をついた。 真奈が酔い始めたことに気付いたからだ。 これだから酒は嫌いなのだ。人の感情を必要以上に高ぶらせる。その高ぶらせられた感情は周りの人に被害を被る。  
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