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それからひとつの部屋の前に来た。部屋の前には木の板が掛けられ、英語の筆記体で“ゆか”と書かれており、それがこの部屋の主であると千代はわかった。
「……友香?ちょっと会わせたい人がいるんだけど、いい?」
ドア腰に母親が言うと、中から「いいよー」と軽いノリの声がした。
「……みたいよ。私はここで退散するからゆっくりしていってね」
母親はそう言うと、階段を降りていった。
それを見送り、貴達は部屋のドアを開けた。そこから早速見えたのは熊の大きなぬいぐるみだった。
貴の身長の半分ほどで、だが胴回りは横綱ほどあるのではないかと思われるくらい大きかった。
部屋に入るとぬいぐるみがあるのはひとつだけではないのだと気付く。部屋は幾つものぬいぐるみで覆い尽くされ、棚の上や勉強机の上、ベットの上にまで熊やうさぎ、猫やいぬなどのぬいぐるみが沢山あった。
そして、その中に埋もれるように一人の少女がベットで寝転がって、いた。
「こんにちわ」
と彼女は笑顔を見せて言う。その顔にあの写真のようなけだるさはなく、すっかり元気に見えた。
「君が友香さん?」
「そうよ」
「元気そうだね」
「そうなの。昨日まではすっごい疲れてたのに、朝になったら突然!凄く体が元気になったの。ホントびっくり」
友香は起き上がり、横にあった熊のぬいぐるみを胸元で包み込んだ。
「立ってないで入りなよ。ジュースもお菓子も何にもないけどね」
そう言われ、貴達は部屋に入った。
その時だった。
千代の背中を悪寒が走ったのは……。
千代は勢いよく後ろを振り返った。だがそこには何もなくただ白いの壁があるだけで、廊下を見ても、何もなかった。ただ窓から淡い光が差し込んでいるだけである。
「先輩?」
不審に思ったのか千代の前で真奈が怪訝な顔で尋ねた。
「あ、何にもない」
千代は後ろ髪を掻いて笑い、部屋のドアを閉めた。
「中学二年生なんだ?」
貴は作り笑いの軽い笑顔を見せながら尋ねた。
千代はすぐにそれが作りだとわかるが見慣れていない人にはわからなく、現に目の前にいるパジャマ姿の友香も少し貴の笑顔に見取れた風にほうけた。
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