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「苦労してそうですね」
苦笑いをして友香が千代を上目使いで見据えた。それに千代は頷く。
「ホントに……。何だか私にだけ厳しいんだよな」
「でも、好意を持ってるから厳しいんじゃないんですかぁ?ほら、好きな人ほどいじめたくなるって……」
「そんな昔じゃあるまいし、今時、そんなのはないよ」
千代は軽くあしらうように手を振った。
それに友香は柔らかく微笑んで見せて、ベットから下り、千代の目の前にちょこんと座った。
それからじっ、と千代の目を見詰めた。
千代はその友香の目に体が強張った。
いきなり彼女が見詰め出したからではない、その彼女の目がとても冷たく見えたからだ。完全に冷え切り、暗い水の底のような真っ黒の瞳でそこには一点の光さえもなかった。
同時に千代の体は悪寒に包まれた。腹の底から湧き出てくる信号――危険だ!何かが違う、彼女はどこかが違う。逃げないと逃げないと……。
千代は身が氷に包まれ、動けなくなった。体を動かそうとしても関節が固まり動けない。
それと同時に千代の額を冷や汗が襲う。べっとりと湧き出たそれは頬を伝い顎先まで来る。
それらの様子を友香は見ているはずなのに、「どうしたの?」とは一言も聞かない。
ただ黙って、座り冷ややかな視線と無表情な何も思っていない悪魔の顔を千代に送っている。
心臓が跳ね飛び、自分の体から外に出てしまうのではないかと思われるほど千代の心臓は跳ね上がっていた。
怖い恐いこわいコワイ――逃げたい――ここから一刻も早く――動け!
そして、千代は自分でもやり過ぎたと思うほど勢いよく立ち上がった。そのせいで後ろにこけそうになったが、この状況でとやかく考えることが出来るほど余裕はない。
「ちょ、ちょっとトイレに行きたいんだけど……」
言う言葉がこれしか見付からなかったのだから仕方がない。ひとまず、こう言って、この部屋から出て、彼女と二人きりになるのは避けたかった。
「下に行って、リビングに入る手前にあるわ」
「そ、そう。ありがとう。じゃあ借りるわね」
千代は慌てて部屋を後にした。後ろで彼女が卑しく口元を横に引いているのにも気付かずに……。
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