悪魔の贄

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千代はその場から逃げた。彼女には目にもくれずに、階段を駆け抜け、玄関まで下りると、ドアノブに手を掛けた。 「何で……何で開かないの!?」 千代は咄嗟に思い出す。前回、夏で自分が屋敷に一人で閉じ込められた時のことを。 これはあの時と同じではないか。 「ウッフフゥ。にーげ場はなぁい、よん!」 上で明るい声が聞こえるが、千代にとってはそれが怖い以外の何者でもなく、全身の毛を総毛立たせた。 千代はドアは諦め、彼女が来るであろう階段から離れて、リビングへと駆け込んだ。そして、ガラス戸の引き戸を閉めて、開かないように扉を押さえた。 「ウッフフ、むぅだ、むだぁ」 彼女の声が聞こえると千代が押さえる扉の背後で金物同士がぶつかる時に出る高い音がした。 千代は無い余裕を使い振り返る。そこには三本の包丁が宙に浮き、刃が千代の方へと向いていた。 「うそ……」 刃はそのまま千代の方へと物凄い速さて、向かって来た。千代は横のソファのある方へと飛んでかわした。 二本は何とかかわし、壁に突き刺さってすんだものの、一本は千代の足首を掠め、一本の切り傷を作った。 「つっ!」 千代はそのまま、俯せにフローリングの床へと倒れ込んだ。傷はそれほど深くはないが、血はただの擦り傷や切り傷とは比べ物にならないほど流れ始めた。 千代は悲痛の表情に変えて、後ろの戸から逃げるように俯せのまま前に進んだ。 千代には泣けることも出来なかった。泣けることも出来ないほど突然のことで涙腺から涙が出てこなかった。 千代がちょうど、庭へと続く大きなガラス戸へと着いた所で、背後のドアが開き、彼女が現れた。  
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