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もう彼女の顔に『友香』の顔は存在しなかった。
千代の眼前、ガラス戸から出て来た彼女は顔を勝ち誇った卑しい笑みを浮かべていた。
千代は荒い呼吸で腕で体を支えて座ると、庭へと続くガラス戸を開けようと手を掛けて引いたのだが、戸は横にスライドすることはなかった。
「誰かっ! 助けてっ!」
千代は拳でガラス戸を叩くが、戸はまるでコンクリートを殴っているかのように固く、少しも揺れることはなかった。拳と戸の衝突音さえもしない。
「フフフ……無駄よ。あたしがキッチリ閉めたからたね」
千代がそうこうしている内に彼女は千代の背後まで来ていて、もうしゃがみ込んでいた。
そして、手をのばし千代の首元から服の中へと手を忍び込ませた。
「ヒッ!」
「ウフフ……スベスベの若い肌ねぇ、いいわぁ、羨ましぃ」
「や、やめて……」
弱い声でそう言うものの、彼女は聞こえなかったかのようにさらに体を撫で回した。
その彼女の手は氷のように冷たく、彼女は今、人間ではないのだ、と千代は暗に思い知らされた。
そして、今から自分はどうなってしまうのかも。
彼女は震える千代の体を無理矢理動かし、仰向けに寝かさせた。
千代はそれを拒否することなど出来ず、成すがままされてしまう。
自分を見下す彼女が怖く、千代は目を泳がせながら顔の筋肉を強張らせていった。
それに満足したのか、彼女はとても嬉しそうな顔をして、何かを企んでいるような表情を面に浮かべた。
「……ねえ、怖い?」
見下しながら彼女は千代にそう尋ねる。千代は一瞬だけ彼女に視線を寄越してからまた逸らした。
彼女はその後、千代に抱くようにして、千代の上に寝た。彼女の顔が千代の顔の真っ正面に来る。千代は体をぴくりとも動かせず、呼吸さえもままならなかった。
――怖い。
――彼女が怖い。
――自分はどうなるんだ。
そんな感情が身をさらに鎖で縛り、逃げるという行動をさせなくしている。
早く誰か助けて。そう念じるものの、誰も来る気配はない。外に出ることも出来ない。
「ウフフフ、可愛い顔。とってもとっても怯えてるのね? 安心して、そんな顔も作れないくらいもっと、可愛がってあ・げ・る」
彼女は千代の首元に舌を走らせた。
千代は一瞬、声を上げそうになるが口を両手で押さえて、発せないようにした。
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