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「あらあら、声を上げないの? ウッフフ、だったらもっとしてあげるわ」
彼女は千代の首筋を這うように舌を走らせた。幾度となく、何度も。
千代はその度に声が出そうになるが、堪えた。
それが、どうやら彼女にとってはつまらないようで、彼女は表情から笑みを消すと、首元から口を離して、今度は千代の耳元に口を運んだ。
そして、彼女の口が静かに開かれる。
「ねぇ、この世界はくだらないとは思わない?」
「生きているのが苦痛だと思ったことはない?」
「自分が生まれてこなければよかったのに、と思ったことはない?」
「誰かに死んでほしいと思ったことはない?」
「自分が違う人間だったら、なんてことを思ったことはない?」
「身を襲うような悲しみや悔しさ感じ、思ったことはない?」
「取り返しのつかないことをしてしまって後悔をしたと思ったことはない?」
「これが全て夢なら、って思ったことはない?」
「自分を殺したいと思ったことはない?」
彼女の声を聞く内に千代は自分の体がどんどんと力を失っていくのを感じた。何も感じない、力を込めようと思っても入らない。もう入れようとも思わない。
千代の顔が次第に無表情に変わっていった。目に生気は宿っておらず、無機質な瞳。
彼女の声を聞くたびに千代は『無』の方へと進めた。
何も考える気力が起きない。先ほどまで感じていた恐怖さえももうない。ただ、考えることが全て億劫で、生きるのも面倒になって来ていた。
――死にたい。
――死にたい。
――死にたい。
――死にたい。
――死にたい。
――死にたい。
心の中は絶望に包まれた。他人から見たら、最悪の状態。そっちへは決して進んではならない、魔の道。
だが、今の千代はそちらへと足を進めようとしていた。そちらへ行けば楽になれるような気がして。
千代が億劫になっていた時、彼女が千代の億劫しきった目を見据えて、諭すような口調で言った。
「こんな苦しみから解放される方法は、ただひとつ」
一呼吸置いて、彼女は醜く顔を歪めて嘲笑う。
「あなたが死ねばいい」
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