430人が本棚に入れています
本棚に追加
死にたいという感情はまだ起こっている。彼女を見る度にそれが膨れ上がってくる。なのに、体は言うことを聞いてくれない。
千代は心と体の狭間で苦しんだ。
――助けて。
そう、心の中で呟いた時だ。
千代の脳裏に、目の前に微笑んだ貴の姿が思い浮かんだ。いつの日かの幼い日の貴だ。
自分を、悪夢に包まれていた頃の自分を救ってくれたあの時の貴が脳裏に浮かんでいた。
優しい柔らかな笑顔、自分を掬ってくれた暖かい手の平、それらを思い出す度に千代の心の中があの日と同じように熱くなっていくのを千代は感じた。
千代は心と体がひとつになった。
死にたくないんだ、ということで。
千代は「ありがとう」と呟いた。貴に向かって。
「私はやっぱり死にたくないんだ」
その千代の言葉に、大きく彼女は反応した。
「どういうこと?」
「私はここにいたい。貴のいる世界にいたい。死んじゃったら離れ離れになっちゃうもん。そんなの嫌だ」
「……バカな娘ね。彼があなたに苦しみを与えているのよ?」
千代は微笑って、頭を横に振った。
「そんなことない。貴は確かに私に悪口雑言を言ったり、人使い荒かったりするけど、何度も私を助けてくれたもん。それに私は貴の横にいるのが苦しいだなんて、一度は思ったことない」
「それは仕方がなく、でしょ? 危険なことをやっている以上、助けなくちゃならないじゃない。あなたを仕方がなく! 助けているのよ」
「……それでもいいの」
千代は淡く微笑んで言った。それに彼女は悲痛の色を浮かべる。
最初のコメントを投稿しよう!