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包丁が振り下ろされた、その時だった。千代の前を光の矢のようなものが突き抜け、彼女の持っていた包丁を横へ弾き飛ばしたのは。
弾き飛ばされた包丁はソファの所に突き刺さり、ソファを切り裂いた。
「誰だっ!」
怒鳴り声のような低い、鈍い声で彼女は叫び、矢の放たれたであろう方向を睨み据えた。
彼女が睨んだ先、リビングへ入るための引き戸がある所に、漆黒の色をした服に身を包んだ貴がいた。
相変わらずの仏頂面で、何の質もない表情をしていた。だが、貴は確実に穏やかではなかった。
この状況が理解出来なかったというのもあるし、何より、彼女に馬乗りになられている千代が、顔色を悪くしてさらに、脚から血を流しているからだ。
貴は状況を判断するために部屋全体を見渡すと、卑しく笑んでいる彼女を鋭い、氷のような目付きで睨み付けた。
「あなた……ね。もう帰って来たんだ。あと一分遅くくれば、千代ちゃんの惨殺死体が見れたのにね」
彼女はくくっ、と声を上げて高らかに笑う。
「やはり、憑かれていたか。いつからだ? その娘に取り憑いたのは」
「さぁてね。あなたに教える必要はないわ。だって、あなたは死ぬもの。千代ちゃんと一緒にね」
「それこそ無理だな。おまえはその娘の体から離れるしかなくなるからだ」
貴は冷淡な視線を彼女に送った。それを見て、声を立てて笑うと彼女は手を上げて、掌を貴の方へと向けた。
その瞬間、床に落ちていた包丁とソファに突き刺さっていた二本の包丁が糸に吊されたように宙に浮き、そのまま刃を貴の方に向けて飛んだ。
貴はそれを引き戸の足元にあったマットを引きはがして、包丁の方に振った。それにぶつかった包丁は床にたたき付けられ、無惨に床を傷つけた。
貴はそれには目もくれず、手を振って、自分の側に待機していた式を操り、その光矢を彼女の喉元に突き付けた。
人間には本当は通用しないのだが、霊に憑依されている人間には通用する。その代わり、その人の体を傷つけてしまうため、人間を攻撃することは禁じられている。
だが、脅しにはなった。
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