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「大切なものを失ったんだ」
老人は語り始めた。
向かいに座るスーツ姿の男は、何も言わずに静かに頷く。
「ちょうど1ヶ月前のことさ。
久しぶりに休暇がとれた私の息子と孫は、車で買い物に出かけた。
その帰りだった…」
老人とスーツ姿の男以外の人間が、この世界から消えた。
二人だけの時間が、流れ始める。
「思えばそれは、まるで今日のように雨が降っていて、視界が悪かったせいもあったかもしれない。
ハンドル操作を誤った、息子と孫は…」
老人は悔やむように拳を握りしめた。
目には、涙が浮かんでいた。
スーツ姿の男は、彼の前にそっとハンカチを差し出す。
「ああ…、ありがとう」
「いえ、心中お察しいたします」
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