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「例えば?」
「例えなんて存在しません。湧き出る水に目星をつけられますか?」
「いいや、不可能だね」
僕が肩を竦めると、彼女はまたあの常の笑みを浮かべて窓の外を眺めた。飴色じみてきた日差しが木の葉の様を黒く切り取って、波打つカーテンに柔らかく写し出していた。
「君はいつもそんなことを考えてるの?」
「それしか娯楽がありませんから」
以前、彼女と知り合った当初に、当時流行っていた恋愛小説について話題を投げ掛けた事がある。愛し合った恋人の内の一人が病にかかり、もう一人が温かく声をかけ支えるものの、終には亡くなってしまう。ざっと話せばそんな筋で、彼女と同じ位の女子高生達や若い女性にすこぶる人気だった。映画化やドラマ化もされ、泣けると職場の看護師達も話していたものだった。
読んだことあるかい? と彼女に尋ねると、彼女はあの特有の笑みを浮かべたまま、一応は、と答えた。
「どう思う? ああいうの、好き?」
彼女は無機質な笑みを浮かべたまま、小さく首を横に振った。
「悲しい話は嫌いかい?」
「いえ。都合のいい話は嫌いなだけで」
思いの外毒舌なのかと思った記憶がある。
「君位の女の子だと大概は好きみたいだけど」
「彼女達は流行りものが好きなだけですよ。好きなものはころころ変わりますから」
そんなにこきおろす事もないだろうと思ったが、それは苦笑の内に留めておいた。
「それでも本は読むんだ」
「話題になるものには興味は持ちます」
「ふうん…ちなみに好きな本は?」
そう問うと彼女は暫く考える様に押し黙って、そうして呟いた。
「グラタン皿の……」
「グラタン皿?」
「グラタン皿に黄色いアヒルが描いてあるんです。喋るし動く、アヒル」
はて、と首を傾げる。今まで受け持った子供達は大概、名前を言われれば解る物を答えていたのだけれど。
「お婆さんがグラタンを作るのが好きで、アヒルとは仲が良かったんです。今日はどんなグラタンがいいか聞くと、アヒルが答えてくれて、自分のエプロンのポケットから材料を出してくれたりする」
そうして二人は暫くうまくやっていたのだけれど、ある日お婆さんと喧嘩をして、アヒルはグラタン皿から飛び出して出ていってしまう。
「絵から飛び出すのかい?」
「喋るんだから当たり前でしょう」
そう返されて僕が黙っている内に、彼女はまた語り出す。
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