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今日はカップ一個だけ。
そんな言葉を心の中で繰り返しながら、女の子は溶け出したチョコレートを見つめる。
ふわり、甘い匂いが鼻を掠めた。
その女の子、花がこの街に引っ越してきた三ヶ月前。
どうせ一人暮らしなんだから広い場所で暮らそう、と思い切って古い一軒家を借りた。
建て付けの悪い扉も、曇りガラスに花模様が彫られていた事も、家の全てに愛嬌を感じた。
その少し古くて不格好な家の隣には、さらに古い、今にも倒れそうな家。
初めてその家に挨拶に行ったとき、ドアをノックしても返事はなかった。
何回ノックしても、ドアが開くことはない。
誰もいないのかと思い、恐る恐る窓を覗く。
覗いた先の、少し薄暗い部屋はなんだか雑然としていて、あちらこちらに読みかけの本や、ペンが転がっている。
そんな部屋の中央に、赤、黄色、白、様々な色で汚れたエプロンをつけた男が一人、真っ白なカンバスの前で頭を抱え込んでいた。
邪魔したら悪い、と花が一歩後ろに足を踏み出した時、その人がふっと顔あげ、花が覗いていた窓を見る。
花の足は突然の事に驚き、動かし方を忘れているみたいに、ピクリとも動かない。
男もまたびっくりした様子で、花の顔をじっと見つめていた。
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