非日常の展開(終わる日常)

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昼下がりの美術室。 穏やかに射し込む陽光に照らされながら、川上・英章はキャンバスに向かっていた。 耳からはイヤホンのコードが伸びており、僅かな音が漏れている。 キャンバスの上に描かれているのは、風景画。 緑が広がる森の中、一人立つ人影と、彼の周りに微かに灯る小さな光。 淀みなく滑らかに滑る筆先で、森の緑が一層深さを増していく。 と。 扉が乱暴に開けられる音が響いた。 そこにいたのは、 「あー、やっぱりここ居たんですか川上先輩」 明るい榛色の髪をツインテールにまとめた活発な印象を与える少女。セーラー服の襟、白い二本のラインは二年生の証だ。 「ああ、どうしてもこの絵を完成させときたかったんだ」 応える彼の元へ辿り着いた後輩は、キャンバスを覗き込んで、感想を述べる。 「まだ出来上がってなかったんですねコレ」 「…オマエ一応美術部なんだからその見切りの早さは何とかしないか、成田?」成田と呼ばれた少女は、困ったように眉根を寄せて、少し唸ってみせ、 「…だって部長は物凄く早いじゃないですか」 「あの人外レベルのヤツと自分を重ねるな、何時か火傷するぞ」 言いつつ思う。黒髪の麗しい美術部の部長は、絵に対する情熱は桁違いで、今頃進級について悩んでいたはずだ。 「それも避難勧告出たからしばらくチャラ、か…」 良かったのかどうなのか。それは本人以外には分からないことだ。“存在”の発生が予測された地域は、最短で一ヶ月、長い場合には一年以上封鎖されることになる。川上は、何となく、今回の封鎖は長くなるだろうと思っていた。根拠はなかったけれど。 「早くしないと車行っちゃいますよ、後三十分で戻って来るって係の人に言ってきましたから」 急かすように、強めのトーンで告げる成田に、彼は、「後五分くれ、それだけでいい」 そしてそのまま、最後の仕上げに集中する。 筆の音だけが聞こえる、僅かな時間。その時間を以て、川上は作品を完成させた。筆を置き、立ち上がる。「いいんですかそのままにしておいて?」 帰り支度を始めた彼に、後輩が尋ねる。イーゼルに架けられたままの絵は、明るい日差しの中で佇んでいた。 それを一瞥し、川上は言う。 「いいんだ。そうしろ、って右腕が煩いもんでね」 冗談めかした言葉に、成田は屈託なく笑う。 「冗談キツいですよ先輩。いつも自分のこと凡才って言ってるくせに!」 話し声は遠ざかっていく。
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