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古ぼけた肖像画に、油絵の具の臭い。壁際にならぶ石膏の顔。
美術室には不思議な空気がある。しんと辺りが静まると、交差する幾つもの視線。
その中で、僕が描く物はただ一つ。
空だった。
だからと言って別に、好きだった訳ではない。
かつてはそうだったのかも知れないけれど、もう覚えていない。
ただ、聞こえるから。
筆を握ると、彼女が見えるから。
「空は、どうしたの?」
青い空気に羽根を伸ばして自由に羽ばたく事もせず、ただ心配そうに僕を眺める。
緩いウェーブに大きな漆黒の瞳。輝きを秘めた紅い唇。
白い服は風にそよいで、その姿を僕は天使だと知っていた。
幻であり、夢かもしれない。
だけど――
震える雫を止めたくて、僕が使うのは青色だけ。
何粒も何十粒でも君の涙の代わりにと、キャンパスを滑っていく。
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