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夕菜は店を出ると、とぼとぼ歩き出した。
「絶対私の負けだ…清田との結婚が近くなった。」
と呟きながら。
ポールは携帯の中で不思議そうにしている。
「そうですかね?」
「喧嘩売ってんの!?」
ポールは言いにくそうに言った。
「あの…、ずっと思ってたんですけど?」
「何?」
「別に村雨さんはありのままの自分じゃないですか?別に強く願わなくても…。」
夕菜は深く溜め息をついた。
「あんたに対してはね。だってあんたに優等生でみんなに優しい夕菜ちゃんを演じたところで私の評判は関係ないし、普通に話したところで何の支障もないでしょ?私が仮面を被らなきゃいけないのは学校関連だけ。」
そう言い切る自分が嫌で、夕菜は俯いてしまった。気まずい沈黙が流れる…
「オレンジジュース、飲めますよ?」
そんな夕菜にポールは優しく笑いかけた。
「ちゃんと飲めるもんなのよね?」
夕菜は人差し指を目の前に持っていき、先ほどのようにオレンジジュースのイメージをしてみた。
人差し指から、噴水のようにオレンジジュースが飛び出してきた。
夕菜は口を指に近付けて、オレンジジュースを飲んでみた。
ポールは黙っている。
「美味しい。」
夕菜は素直にそう言った。
気付けば頬を涙がつたっていた。
何年ぶりだろうか…
こんなにも自分を他人にさらけだすことができたのは…
夕菜は嬉しかったのだ。
こんなにもそのままの自分を見せることのできる「友」ができた。
こんなにも当たり前のことが先ほどまでわからなかったほど、自分は歪んでしまっていたのだと、夕菜はあらためて感じた。
必死に嗚咽をこらえて涙を流し続ける夕菜に、ポールは掛ける言葉がなかった。
(私は…少し、この子のことを誤解していたのかもしれない。
強そうに見えて、すぐに状況に順応できて…
でも本当は、傷つくのが怖くてたまらない、か弱い女の子なんですよね?)
ポールは静かにそう思った。
夕菜が泣きやむまで、ポールはずっと、何も言わなかった。
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