I CAN FLY

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『落ち着きなさい!』 ある夏の日、駅前通りは騒がしかった。 ただでさえどこへ行っても蝉が五月蝿い。しかも、それに加えてスピーカー越しに聞こえる警察の声が街に響く。 それは好奇心旺盛な高校生達が、期末テストに対する集中力を削ぐのには十分な破壊力を持っていた。 『生きるんだ!』 校内で聞き取れるスピーカーの音は、警察側の交渉人の気分が高揚した時に発せられる言葉が、断片的。その言葉を聞く限り、今回の警察側の交渉能力はあまり高くない。 そして、その言葉は歯が浮くようで胸くそが悪い。 紙に答えを書くシャープペンシルを滑らせるように使いながら、多くの生徒は苛ついていた。 『無理。集中できなかった』 テスト終了の合図とともに、そんな声があちこちから上がる。それは、学年一位の秀才、斎藤達也も例外ではない。 『アレ、うざすぎ。解き終わってから聞いてたけど、聞こえるのか聞こえないのか、どっちかにしてほしい。気になる』 達也は長めの髪をかきあげ、ため息をつく。その隣で茶髪で化粧の濃い女子生徒が高い声で笑っていた。 『友香(ユカ)も友香も!友香、計算問題より、ずっと気になった』計算問題よりも、その言葉に達也は失笑した。それでもお前が一番だ、と。 『わからないわからない』と言いながら、数学については彼女が学年一位だ。中学の頃から友達だが、それは高校二年になっても、変わらない。数学科の掲示板にあるテスト結果の1番上の名前は必ず『橘友香』である。 友香は、親の後を継いで大病院の院長になることを望まれていた。その期待に対する努力として、一番目に付くのが彼女の計算力である。 『へぇ、駅前のビルで飛び降り自殺だってさ』 2人は、後ろの席から聞こえた声に反応し、振り返った。声の主の彼は金髪のイケメン、佐倉祐司。 『祐司くん何でわかったの?』 『ワンセグ』 『ああ』 祐司は、得意げに携帯電話を操作し、音量を上げた。伏せ目になった目の先端、長い睫が太陽の光を浴びて輝いている。 裕司の携帯の小さな画面に映っているのは、特番で組まれたニュース速報とやら。飛び降りの現場を実況中継している。 どうやら、本当にこのすぐそばで起きているらしい。教室の中ではクーラーの作動音と混ざり、大して気にはならなかったが、一歩外に出てみると騒音とともに、ヘリコプターが空に何台も浮かんでいるのがわかった。
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