182人が本棚に入れています
本棚に追加
『満里奈さん、ベランダ借りるね!』
達也の言葉に、祐司は目を輝かせた。そしてバタバタと走りながら、ベランダから身を乗り出した。とりあえず、祐司の気を反らすことには成功したらしかった。
けれども残念ながら。
残された部屋は、殺伐とした空気が、より一層濃くなったように思われる。
『友香さん…だったかしら?あなたは、もうお帰りになったほうがいいんじゃないかしら』
『何でですか?最近物騒だから一人で帰るのは、嫌です』
『あなたみたいな子が狙われるとでも?』
『年増よりは。』
『ゆ……友香…!ベランダに出よう。お前だって見たかったんだろ?』
そんな達也の言葉に、友香はピシャリと言い返した。
『達也くん煩い。祐司くんとこ行ってて』
達也の言葉に、耳を貸す女性陣はいなかった。笑顔を崩さない満里奈に、今にも殴りだしそうな友香。
この2人だけを同室に残すなんて出来ないとは思ったが、このまま居ては胃がもたない。
達也は早々に諦め、祐司のいるベランダに出た。
『お、二番のりはお前か。珍しいな、友香に引きずられて来るかと思ったのに』
『………………その友香が来ないって言うんだよ』
『へえ!珍しい!!!明日は雪だな』
スピーカーから聞こえる交渉人の声が、ほとんど悲鳴に近くなった。そして、それとは逆に、野次馬達の歓声は一気に高まった。
……飛び降りる。
2人がそう思った瞬間、自殺志願者の女性の体はビルから離れた。
ゆっくり、ゆっくりと落ちていく。
時間にすれば一瞬の出来事が、とても長く感じた。
女性の体が他のビルに隠れた後すぐに、どん、という地響きが。
その後には、何も音がしなかった。野次馬や蝉の声も、街の雑踏も全ての音が消えたのだった。
そして、すとん、と祐司が腰を抜かした。
『祐司……?』
『…あ……悪い。腰抜けた』
部屋の中からパタパタと足音が聞こえ、ベランダの戸が、ガラリと開いた。満里奈さんだった。
『やだ祐司くん。そんなとこに座ったら汚いわよ』
『あ…すいません』
祐司は誤りながらも、なかなか立てなかった。
『……それとね、申し訳ないけど……そろそろ主人が帰ってくるのよ』
そういって満里奈の頬に添えられた彼女自身の左手には、指輪が光っていた。
最初のコメントを投稿しよう!