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『へぇっ?』
突然出たその言葉に俺は目を見開いた。
『あんたが?』
噂を聞いた事があった。この大学に“同性愛者”がいると…。それも、自分が同性愛者だと隠さず堂々と宣言すると…。
「あぁ。」
そして目の前の男はそう宣言した。しかし、その噂には続きがあるのだ。
“気に入られると喰われる”
と言う根拠のない噂。
『なぁ、五十嵐に気に入られると喰われるって言う噂、本当か?』
普通の奴ならこんなはっきりと本人を目の前にして聞かないだろう噂を俺は口にした。すると五十嵐は一瞬動きを止め、横目で俺を睨んだ。
「…普通聞くか?」
睨んでいたのは一瞬の事で五十嵐は呆れた顔を見せた。
『いや、俺はそんな噂信じてねぇけど、ただ気になっただけ…。…根拠はねぇけど、俺にはそんな事する様な奴には見えねぇからさ、五十嵐!』
俺の顔を見ていた五十嵐は驚いた顔をした。
「…誰も喰ってねぇよ…。」
独り言の様に呟いた五十嵐の言葉を俺はしっかりと聞いていた
『同性愛者は否定しねぇんだ』
俺がそう言うと五十嵐は俺の顔を見て、小さく笑った。
『何だよ?』
「変わってるな、お前。」
『そうか?』
俺達の間には沈黙が流れた。しかしそれは嫌な沈黙ではなく、なぜか安心する静けさで、俺達2人の間に心地よい風が吹いた
それからどのくらいの時間が経っただろう。
いや、そんなに経っていないのかもしれない。そんな中、俺達の間にはまだ沈黙が流れ続けていた。
そしてその沈黙を先に破ったのは俺だった…。
『…なぁ、五十嵐…。』
「……。」
五十嵐は何も言わなかったが俺は続ける事にした。
『男を好きになって、何か必要な事ってあるか?』
「……。」
本に目を向けながら、ただ黙って俺の話を聞いていた五十嵐は俺が質問を投げ掛けると本から目を離し前を見た。
「…離れる覚悟は必要だろ。」
『……。』
「好きな相手が友達なら離れる覚悟は必要になる。まっ、告った後でもそいつと友達でいられるなら必要ないけどよ!」
『…離れる覚悟、かぁ…。』
こんな質問をした時点で俺の好き奴が男だと分かっただろう五十嵐は、何も言わず答えてくれた。
今の俺にはただそれだけが無性に嬉しかった。
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