2ヶ月前

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「この大き正目、ゆらぎらゆらぐす、交わした式を、今静かに晴れやろ」 突然だった。 朝、学校への道信号をまつ交差点で夏美の横の見知らぬ男が何やらわけのわからない言葉を発した。 「鞠に待ちわび、ことさらに守れ、北に明るき、曽根を噛む」 続けて男が口にした言葉も、なおのこと意味不明だった。 よりにもよって 遅刻ギリギリ、たたでさえ焦り気味のこんな時に、こんな変な人に出会すんなんて 「最悪だぁ…あ!」 最後の一言がつい口から出てしまったのに気づき慌てて口を抑える夏美だった。 「しまったぁ、聞こえちゃったかな。」 今度は口に出さないようしっかりと唇に力を込めながらゆっくり男の方に目をやった。 「気づかれてませんように」 そう祈りながら夏美は足元から目線をあげた。 黒いぼろ皮の靴、紺のズボン、よれたアイボリーのコートの順に視線をあげてゆくと男の顎がみえた 「うわっ最悪」 夏美の目に映った顎のラインは男が確かにこちらに顔を向けていることを告げていた。 「ヤバっ、マジヤバい」 夏美はもう一度下を向き今度は直接に、でもやはりゆっくりと男の顔を見た。 「最悪ですか。それは何に対してなんでしょうかね。」 視線があうや、男は夏美に訪ねてきた。怒るわけでもなく冷静に、しかししっかりとした口調だった。 「わたし…ですか?」 夏美は何かの間違いではないか、という笑顔とも困惑顔ともとれる表情で男を見返した。勿論演技である。 「最悪、サイアク」 最初はゆっくりと次いで早口に繰り返した後で男は続けて言った 「最も悪いと書いて最悪。つまりあなたは今人生で最も良くない何かを体験した。」 「は?、はぁ」 怒りの言葉を覚悟していた夏美は、完全に拍子抜けして力のない返信をしてしまった。 「やば、馬鹿にしてるとか思われたかな」 そんな考えが緩んだ緊張感を、すぐさまに呼び戻した。 だがそんな夏美の気持ちを余所に男は話を続けた 「おかしいですね。あなたの人生は今最悪どころか上向きなんですが」 言うやいなや男は一枚の紙を夏美の額の前にかざした。 正確に言えば紙のようなもので紙とは明らかに質感が違っていたが、薄くてペラペラな様子は夏美には紙の他に表す言葉を知らなかった。
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