会うは好きの初めなり

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 ―プシュッ!  軽く爽やかな音が辺りに響く。  「ったくもー」  葵は夕陽も沈み、赤紫がかった空の下帰路についていた。  右手には宏に投げつけられたオレンジジュースの缶。  「痛いってのー」  左手は缶を受け取った腹部にそえられている。  「でも……」  彼女はさっきからずっと繰り返し同じことを考えていた。  宏は気付いているのか。  もしそうなら。  「あーっ!もう知らん!」  そう雄叫びをあげると、昔よく飲んだそのオレンジジュースを一気に飲み干し、そんな考えを拭い去る。  すぐそばのゴミ箱に空き缶を投げ捨てながら呟いた。  「気付くはずないよ」  空き缶は放物線を描き、ゴミ箱に吸い込まれていく。  とある飲食店の裏に二人の男女が立っている。  「それじゃあ、お先に失礼します」  「はい、お疲れー」  軽く言葉が交されると男の方は店内に消えて行った。  それを見届けると女は突如ゴミ箱を蹴り飛ばした。  「あの変態店長め」  女はそのゴミ箱も散らかったゴミも片付けようとせずに歩き出した。  薄暗い路地裏とは対照的に彼女の足の向かう先は街灯やネオンに照らされ明るい。  そんな明るさの一部が路地裏にも差し込む。  しかし、急にそんな光も消えた。  「何よ?」  彼女が顔を上げた先には二人の男が立っていた。  「ちょっと金貸してくれよ」  「ねーいいでしょ?ちょっとだからさぁ」  じりじりと間合いを詰める二人、それに合わせて間合いをとるべく下がる女。  そう長い時間ではないが、いつまでもその間合いは変わることなく、唯一たしかなのは彼女は徐々に追い詰められているということだ。  「ねえ、言いたいことがあるんだけど」  不意に女が声を上げた。  その額には汗が滲んでいる。  「なんだ!?」  「バイバイ!」  彼女が言うのと後ろに走り出すのはほぼ同時だった。  彼女の頭の中には路地裏の地形が浮かんでいた。  どこをどう逃げればいいか、完全にわかっていた。  ―ガランッガランッ!  だが彼女は何かに強くぶつかり、派手に転倒してしまった。  彼女がそれが何かを確かめる間に男の片方が奥の道を塞ぐ。  「何で?」  納得のいかない彼女の視界に入って来たのは路地裏を転がるゴミ箱だった。  彼女はこれまでの人生で、最大の後悔をしたことだろう。
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