会うは好きの初めなり

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 男の右手が振り下ろされても、すぐに変化は起きなかった。  一瞬の間を置いてから竜の胸元にじわりと赤黒い染みが広がっていった。  「へ?」  状況が掴めずにすっとんきょうな声を出す竜。  男は慌てて右手の代物を放り出して逃げ出していった。  「おい!竜!」  「大丈夫ですか!?」  表の道路から黒い影が二つ、竜の名を呼びながら駆けてきた。  祐は路地の奥まで走り、左右を確認した。  「逃げ足は天下一ですかね」  一方、竜に駆け寄った宏は竜に呼び掛ける。  「お前大丈夫か!?」  「駄目、かな」  竜は珍しく自信なさげに、か弱い声で応える。  「あいつは?」  宏はふと思い出したように呟いた。  「あいつ?」  「半田だよ!」  「そこ……」  竜が震える手で指差した先にはこれまた小刻に震える半田の姿があった。  「おい!救急車呼んでくれ!」  だが、彼女は生気を失った顔を横に振るだけだった。  「畜生!」  宏は諦め、自分の携帯電話を取りだし、ボタンを押し始めた。  「ストップ!」  宏が二度目の1を押したところで、祐の叫び声がこだました。  祐は左手に男の放り投げたナイフ持ったまま、呆気にとられる宏に近付き携帯電話を取り上げた。  「何すんだよ!」  「救急車はいりませんよ」  「なんだと!いつもみてえにふざけてる場合じゃねえんだよ!」  憤怒の如くとは正にこのこと、宏はしゃがみこんだまま祐の襟を捕まえた。  「止めて下さい」  慌てず騒がずに、祐は宏の目を見て更に復唱した。  「一旦離して下さいよ」  祐を厳しくにらみ、小さく舌打ちをしながら手を離す。  「早く電話しろ!」  「まあ落ち着いて、さてこれは何でしょう?」  祐が男の捨てていったナイフの切っ先に指を当て、指を突き刺す動作をするとナイフは柄の内に消え、赤黒い液体が溢れてきた。  「これで人が死ねますか?」  ゆっくりとぎこちなく、潤滑油を失った機械のような宏が竜に目を移す。  竜も人生の最期を見届けるべく薄く開いていた目を大きく見開き、自らの胸を触り傷を確認する。  「おお!?傷が消えた!」  「このバカ竜が!」  バシッといつものツッコミを決めたところでその場に深く腰を下ろした。  「全く、人騒がせな人たちですね」  安堵からか、彼らは笑い出してしまった。  「ねえ、君たち誰?」
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