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いきなりだが、今宏は両手の平をじべたに張り付け、膝を折り、頭を下げ、いわゆる土下座の体勢をとっている。
「急に訳も無く突き飛ばした挙げ句謝罪もせずに去ってしまい申し訳なく思っています」
秋だというのに彼の額は脂汗が滲み出ている。
彼の目の前(正確には頭の前だが)にいる、彼の謝罪の対象は祐だった。
教室に戻って来るなり般若(はんにゃ)に出会ったと後に彼は語る。
また、他の者は天使の内に潜む鬼を見たとも言っている。
「とにかく!何があったんですか?」
周りは、当事者の宏をも含む、祐を除く皆が驚きを隠せなかった。
驚きというよりも困惑というのが適切だろう。
鬼のように怒っていた人物が、突如優しい声で事情を聞くなど予想出来るわけもない。
「いや、とにかく、祐の向こうに人が見えて、知り合いかと思ったら人違いだった所存であります」
なにやら日本語の使い方がおかしくなっているが、宏は事実を述べた。
一瞬の果てしなく長い沈黙。
「それじゃあ仕方ないですね。僕の方こそ怒ってすみませんでした」
「はあ、いえ、そんなことはありませぬ」
こんな訳のわからない語尾になっているが、宏の心の奥に、間違い無く『普段おとなしい人ほど怒らせると怖い』といった教訓がしかと彫り込まれたことだろう。
「それで?何か収穫は?」
葵の問いに宏が口を開こうとすると、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。
孝太も含む四人は慌ただしく次の授業の準備を始めた。
しばらくすると、始業のチャイムが鳴り終わるとともに教科担当の教師が教室に飛込んできた。
「まだチャイムの余韻残ってるからセーフだな!」
教室に入るや否やそんなことを言い出した。
「五分前行動は大事だな!」
今度はそんなことをゲラゲラ笑いながら前列の生徒達に話しかける。
これは言うべきかはわからないが、彼の冗談は生徒には不評であったりもする。
「さあ点呼とるぞぉ!」
教室の隅々まで目を光らせ生徒の出欠を調べる姿は、先程の状態を猿に喩えるならば、ゴリラ位は迫力がある。
「一人いないぞ?森岡、欠席!と」
無駄に大きな動きで出欠簿に小さな『欠席』を記した。
「それでは、オープンユアテキストブックトゥペィジ……」
彼による保健・体育の授業が始まった。
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