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ドアが乾いた音を立てて開いた瞬間、教室はざわめきの余韻と期待の眼差しを残して静まった。
そこには全員の予想通り、滝沢の姿があった。
彼は教卓までたどり着くと、ニッコリと笑い、穏やかな低めの声で挨拶を始めた。
「おはよう。A組の担任の滝沢拓人です」
黒板に自分の名前を書き出す。
角張った、しかし綺麗な筆跡だった。
滝沢が快活に自己紹介をしていく。
彼はまだ二十歳であった。
普通に考えれば、まだ大学生のはずで、教鞭に立つとしてもそれは教育実習生としての年齢だ。
皆一斉に疑問符を浮かべると、滝沢はその理由を簡潔に述べた。
16歳まで米国にいたため、そこで大学まで飛び級で進学したらしい。
大学名は彼等でさえ聞き覚えのある有名大学だった。
いわゆる秀才。
帰国後は理系の大学へ編入し、数学教師の道を選んだ。
エリートコース。
誰もがそう思い、羨んだ。
滝沢の自己紹介が終わると、質問タイムへ移っていく。
様々な質問が飛び交う中、こんな質問が上がった。
「アメリカってどんな所ですか?」
もちろん、表面上の薄っぺらな質問ではない。
もっと深くの、もっと狭い範囲の疑問だった。
例えば、雰囲気とか。
滝沢は『場所』については詳しく教えてくれた。
歴史、地理、穴場など、どれも聞いていて飽きないものはない。
しかし、それが『雰囲気』にまで及んだ時、彼はたった一言で終わらせてしまった。
「アメリカはとても賑やかな所だったよ。しかし、同時に恐ろしさも拭えない」
それ以上は言おうとしないし、聞かれる前に巧みに楽しい話題でそれを紛らわしてしまう。
大半の人はそれに気を留める事もなかったが、優は違った。
『雰囲気』について話したほんの数秒間、確かにそこに鬱々としたモノを感じたのだ。
確かにあの瞬間、滝沢の顔に自虐的な苦悶の影を見たのだ。
そして、一番重要なのは、優自身がそこに親近感を抱いた事である。
何故?
そう自問し、確かめようと手を伸ばすとそれはスルリと逃れてしまう。
まるで、そう。
水を掴む様な感覚に似ていた。
掴んだと思ったら、それは僅かな隙間から溢れ出し、また歯痒さを残して目の前に鎮座する。
それはきっと、簡単には捕らえる事が出来ないのだ。
それでも、と優はその蟠りについて熟考する。
そこでようやくたどり着いたのは、自分と滝沢の間にある共通点についてだった。
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