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全く関係ないように見えて、二人の間には確かに類似する考えや経験を持っているに違いない。
あの表情から考えれば、それは楽しいものとは決して言えない事は定かである。
例えば、暗く悲惨な過去とか。
例えば、親しい者との死別とか。
確かに、優にはそれに該当するものがあった。
優の母親は彼女が4歳の頃に轢き逃げ事故に遭ってなくなった。
犯人は未だ行方不明だ。
そして、彼女には4歳以前の記憶がぽっかりと抜けているのだ。
つまり、母親の記憶を全て失っているのである。
写真さえ見た事がない。
母はどんな人だったのか。
美しい人だったのか。
優しい人だったのか。
母と彼女はどんな遊びをして過ごしたのか。
優は一度父、勲(イサム)に尋ねた事がある。
しかし返ってきたのは悲しそうな眼差しと、苦痛に満ちた拒絶だけだった。
それ以来勲にその事は触れていない。
子供ながらに悟ったのだ。
母はろくな死に方をしなかったのだと。そして、母の死と優とに何らかの関係があるのではないかと。
優はその疑問を胸中に秘め、勲の前では明るい子供を演じた。
快活に振る舞った。
もう気にしてないとアピールするために。
優が熟考する間に、大方の質問応答は終わったらしい。
滝沢が他に質問がないようなら、ホームルームに移る旨を話し始めていた。
優はそっと、だがしっかりと白く細い手を挙げた。
「はい、えっと…」
「佐野です。佐野優」
口ごもった滝沢に咄嗟に助け船を出す。
滝沢は穏やかに笑った。
「では、佐野さんどうぞ」
滝沢の催促を受け、優は特に何の感情を顔に出すことなく息を静かに吸った。
「先生のご両親は今、何処にいるんですか?」
一瞬。
そう、ほんの一瞬だけ滝沢の眼が鋭く光った。
暗鬱に閉じられた唇が微かに震えた気がした。
滝沢と優の視線が静かに交錯する。
二人とも、無感情を装うように相手の意図を探り合いながら見つめ合う。
しかしそれもほんの一瞬の事で、滝沢はすぐにそれを巧みに隠して笑ってみせた。
「両親はずっとアメリカにいるよ」
それだけだった。
それで充分だった。
丁度良くチャイムが鳴る。滝沢は慌てて簡単な連絡をした後、皆を解散させた。
優はというと、胸中でしたり顔になっていた。
ビンゴ!
そう思って胸を揚々と弾ませる。
先ほどのやり取りで分かった事は二つ。
一つは、滝沢にも暗い過去がある事。
一つは、滝沢のあの笑顔はマスクに過ぎなかったという事。
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