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優はニヤリと笑った。
──滝沢拓人。
覚えておこう。
滅多に他人に興味を持たない優の頭に、メモリーが一つ追加された。
帰り支度をしている優を、滝沢は観察するように眺めていた。
その視線に気付いてか否か、優が不意に視線を合わせた。
ドキリと心臓が跳ね上がる。
しかしそれをおくびにも出さない様に努めていると、優は艶やかに人を魅了する笑顔を花開かせた。
「さようなら」
何事もなく挨拶する優に意表を突かれながらも、滝沢もそれに笑顔で応じた。
「さようなら」
二つの本心を巧みに隠すマスクが、互いに向け合わされる。
それはとても自然な一風景であり、しかし何とも奇妙な光景であった。
そのまま教室を出ていく優の後ろ姿を見送りながら、滝沢は小さく呟いた。
「佐野優、か……」
不穏な余韻を残しつつ、彼もまた教室を後にした。
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