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優太は死んだ。
じゃあ 玄関に迎えに来た優太は 何なんだろう。 妻の美留の膝で歌っているのは 誰なんだろう。
「パァパ、あそんで。」
「パパは お仕事で疲れているのよ。優太、ママと一緒に遊びましょう。」
「いやん、パパがいいのぅ。パパァ。」
僕の胸にはりつく 優太の温かさ、やわらかさ、甘いにおい。
僕は 家に帰るのが恐くなった。
始めは気を使っていた同僚たちも、いつしか普通の毎日に戻っていく。
家では 美留と優太が待っている。何も変わらない毎日、ありえない笑顔。
美留だって 分かっているはずだ、このままではいけないということに。
僕が終わらせないといけない。たとえ 美留を傷つけるとしても。
「おかえり、ぱぁぱ。」
トテトテ走りながら、嬉しそうに出迎える優太。
愛おしくて 思わず抱き締める。
「おかえり。今日は早かったのね。夕飯まだなんでしょ?優太 お風呂まだだから 一緒に入る?」
幸せそうな美留の笑顔を見ると 決心がぐらつく。でも美留の為だ。 僕は そう自分に言い聞かせた。
「優太、パパは 優太に大事な話があるんだ。優太は パパの言う事が聞けるかな?」 美留の笑顔が消える。
「うん。ぼく、おりこうだもん。」
「そうだな、優太はおりこうだよな。優太は ここにいたらいけないんだ、違う所へ行かないといけないんだよ。」
目をクリクリさせて 不思議そうに 優太が見つめる。
「やめて あなた。優太はここにいていいのよ、ずっと一緒にいるの。私たち 幸せじゃない。あなた 優太がいない方がいいって言うの?」
美留は くるったように優太を抱き締めた。
「優太、このままだと パパも ママも ダメになっちゃうんだ。愛してるよ優太。だからお帰り。」
家の灯りがショートして消えた。
僕は 急に息苦しくなって 部屋の窓を開けた。
ほこりが風に舞う。
「美留?」
返事はない。誰もいない。 頭の中に 黒いシミが出来ていく。
そうだった、交通事故だった。血まみれで動かない 美留と優太。たくさんの黒いシミ。
部屋には ほこりが星のように輝く。
空にも星が輝く。
僕が壊した幸せな家庭。
永遠に帰らない 笑顔の待つ家。
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