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「俺はよ、別にお前の謝罪を聞きたくて戻ってきたわけじゃないぜ。わかるか?」
《クロン》が肩を揺らした。笑ったらしい。
セイはそんな《オレ》をとても不安そうな無表情で見据えながら閉口している。
悪役は言葉を続ける。
「街を散歩してる時に思いついたことがあってよ。それをさ、お前に伝えに戻ってきたんだ」
魔王と呼ばれる少女はとにかく頼りない表情を浮かべていたが、その《オレ》の言葉を聴いて虚ろになってきた赤色をわずかに開いた。
「思いついたこと? それは、私に出来ることか?」
「ああ、出来ると思うぜ? オレはどうこうするつもりはないけどな」
アイツ――
――まさか。
「出来ることなら……聞くぞ。言ってくれ」
駄目だ。
「クロン、ササクレ立ってるしな。気晴らしになるなら、いくらでも付き合ってやる。うん」
聞かない方がいい。
しかし、どうしようもなく…………《オレ》が笑う。
「木キ、――約束だぜ?」
少しの間、肩を痙攣させるように笑っていたらしい《クロン》は、おもむろに動き始める。そして、《オレ》からの返答を静かに待っている、先ほど突き飛ばしたセイ=アラキスのもとまで歩み寄ると――
少女の耳元へ顔を近づけた。
そうして伝えたと思われる内容は、たぶん、こうで違いないのである。
つまり、俺が此の人生において確実に望んじゃいない、凶悪無比な願い事。
それは今後とも永らく、俺の人生で最も「発言者を徹底的に痛めつけてやりたくなる」、魔法のフレーズとなった。
――お前さ、もう帰れば?――
★ ★ ★
耳打ちをされた直後のセイは、明らかに激昂していた。
瞳孔を道連れにしかねないほど瞼を全開にし、銀髪全体に激しい電流が迸ったかと思うと、電流はすぐに消失し、次の瞬間にはたぶん第三世界に来てからは初めてとなるだろう平手打ちを《クロン》に対して放ったのである。イイ音がした。渾身だっただろう。めちゃくちゃ痛そうな一発だったが、被害者に対してザマアミロと思う気分にすら俺はなれなかった。
セイは《オレ》から顔を背けると、ついには何も言わずに森の《ある方角》へと走り去ってしまう。
そうして、少し。
「……木きッ」
少女が去ったあと、《クロン》は少女によって激しく打ち据えられた頬を摩りながら、しばらくは気分良さそうに笑いを漏らしたあと、言っている。
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