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「おぉ、いってえ。ちょうど切ってたとこ思い切り叩きやがって。へっへー、意外とチョロいな、アイツ。もうちょい《仕返し》してやりたかったのに」
仕返し?
なんの?
「まあ、セイは後でどうとでもなるか。そろそろ、仕事を始めるかね、木木き木キ」
神経が繊細な少女に対して、あそこまでして「報復」が成り立つほどの悪行、この世にあるというのか。あるのなら、聞かせてもらいたいものだ。
セイに《あんな顔》をさせた事よりも重大な過ちをオマエは知ってるのか?
ぜひ聞きたいものだ。
セイは《クロン》の顔を張ったあと、こちら側の森へと走り抜いていった。
つまり、木に貼り付けられている滑稽なビーバーの前を通り過ぎていった。目もくれちゃいなかったけどな。それもそのはずだ。
だってアイツ、泣いてたんだぜ?
《……だ、旦那……?》
ああ……良かった。
幸運だったな、オルフェウス。喜べ。
今の俺たち、木に縛られて動けないんだ。
《旦那っ、落ち着きなせえ。あのお嬢さんはまだ、無事だ。そんな気持ち、持っちゃいけねえ。そいつは駄目だ》
何を取り乱してんだよ、オマエ?
だから、安心しろって。
どのみちビーバーの力じゃ、この根のロープ、ちょっとすぐには解けそうにない。
《そういう問題じゃありません。馬鹿げてる。あの体は旦那のものなんですぜ?》
どうやれば、これ、外れるか。
《“自分を殺す”なんて、考えちゃいけねえ》
もしも他に誰か、アイツをなんとかしてくれたらな。俺だって、そんな馬鹿なことは考えやしないさ。俺が《オレの身体》を殺すのは損かもしれないし、普段だったら考えつかないことである。
しかし、今回に限っては、俺が損する程度なんだってんだろう。
小さい。小さすぎるぜその問題点は。ちっとも重要じゃない。
いいか、オルフェ、聞け。
うちの、セイが、泣かされたんだ。
早くあの外道を、地獄に落とせ。
願いが届きそうもなくてイライラする。
★ ★ ★
届くケースもあるらしい。
「あ、クロンさん」
「ん? ああ、ほんとだね」
続いて、《クロン》が背にしている方から戻ってきたのは、ハルとアルトの二人であった。
たぶん、春の山菜でも補充しに行ってくれてたのだろう。ハルはわっさりとした竹籠を両手に持って、庭先に立つ《オレ》の背中を確認すると「ニパ」っと健康的に笑っている。
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