春風LUNATIC!――後編

7/28
前へ
/190ページ
次へ
  「おぉ、いってえ。ちょうど切ってたとこ思い切り叩きやがって。へっへー、意外とチョロいな、アイツ。もうちょい《仕返し》してやりたかったのに」  仕返し?  なんの? 「まあ、セイは後でどうとでもなるか。そろそろ、仕事を始めるかね、木木き木キ」  神経が繊細な少女に対して、あそこまでして「報復」が成り立つほどの悪行、この世にあるというのか。あるのなら、聞かせてもらいたいものだ。  セイに《あんな顔》をさせた事よりも重大な過ちをオマエは知ってるのか?  ぜひ聞きたいものだ。  セイは《クロン》の顔を張ったあと、こちら側の森へと走り抜いていった。  つまり、木に貼り付けられている滑稽なビーバーの前を通り過ぎていった。目もくれちゃいなかったけどな。それもそのはずだ。  だってアイツ、泣いてたんだぜ? 《……だ、旦那……?》  ああ……良かった。  幸運だったな、オルフェウス。喜べ。  今の俺たち、木に縛られて動けないんだ。 《旦那っ、落ち着きなせえ。あのお嬢さんはまだ、無事だ。そんな気持ち、持っちゃいけねえ。そいつは駄目だ》  何を取り乱してんだよ、オマエ?  だから、安心しろって。  どのみちビーバーの力じゃ、この根のロープ、ちょっとすぐには解けそうにない。 《そういう問題じゃありません。馬鹿げてる。あの体は旦那のものなんですぜ?》  どうやれば、これ、外れるか。 《“自分を殺す”なんて、考えちゃいけねえ》  もしも他に誰か、アイツをなんとかしてくれたらな。俺だって、そんな馬鹿なことは考えやしないさ。俺が《オレの身体》を殺すのは損かもしれないし、普段だったら考えつかないことである。  しかし、今回に限っては、俺が損する程度なんだってんだろう。  小さい。小さすぎるぜその問題点は。ちっとも重要じゃない。  いいか、オルフェ、聞け。  うちの、セイが、泣かされたんだ。  早くあの外道を、地獄に落とせ。  願いが届きそうもなくてイライラする。    ★ ★ ★  届くケースもあるらしい。 「あ、クロンさん」 「ん? ああ、ほんとだね」  続いて、《クロン》が背にしている方から戻ってきたのは、ハルとアルトの二人であった。  たぶん、春の山菜でも補充しに行ってくれてたのだろう。ハルはわっさりとした竹籠を両手に持って、庭先に立つ《オレ》の背中を確認すると「ニパ」っと健康的に笑っている。  
/190ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13306人が本棚に入れています
本棚に追加