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その顔を見るからに、セイはと違い俺を少年趣味だと疑った昼間のことなど、とっとと忘れているような様子である。もうちょい気にしろよと思うが、現状を考えるとその方がずっと良い。
アルトにいたってはポッケで両手を隠しつつ、彼女と一緒に歩いてきながらニヤニヤして、
「なんだ、てっきり市長さんと飲んで来ると思ってたけど。どお? 散歩中に僕より可愛い子、見つかった?」
まったく改善する気すらないのな。まあ、アイツらしくて安心した。
少年の言葉でハルも思い出したのか「あちゃあ」という風に苦笑している。
そういう二人が歩いてくる。
二人に背を向けていた《クロン》は、新しい獲物の到来を喜ぶように――表情を歪めた。今や、この俺が思う中で、《あの男》はどんな魔王よりも邪悪な存在だ。セイを泣かせた時点で既にアギナルドを軽く上回っている。
そして、俺の仲間に明確な害意を持つソイツは、そのために演技をして愛想の良い表情を作り出すと、改めて二人の方へと振り返った。
「よお、二人とも。ただいま」
しかし。
その《クロン》が顔を向けた途端に、ハールムゥトは言ったのである。
「誰ですか? 貴方」
ものすんごく、怪訝そうな表情をしていた。
それはまるで、セイが一生懸命に描いたラクガキの正体が何かと真剣に吟味する時の顔に近い。
《クロン》が肩を揺らす。
「はあ?」
訝しい声を上げる《オレ》と同様に、アルトもちょっと意外そうな顔で、そんなハルを見上げている。
《クロン》本人からすれば、そう言われる心当たりも存分にあったのだろうが、しかしすぐに化けの皮を剥ぐことはせずに、ますはこう返していた。奴は、演技力に関してなら俺本人とは比べようもなく優秀だ。
「誰って、オレだけど? イヤガラセか何かか?」
だけどもハルは、
「だから、その顔をして、喋ってる人は誰ですか? ってことです」
子どものように純粋無垢な表情をかしげて、なおも核心を詰問する。
さすがに《悪人クロン》も動揺したように自分の首筋に手を当て、
「いやあ……?」
一方、隣で立ち止まるアルトが彼女に尋ねる。
「ニセモノ、って奴? 僕には、あんな顔がこの世に二人もいたら不快なんだけど」
たぶん今だけだろうな、アイツの悪態が妙に心地いいのは。
ともかく、少年の質問に、ハルは「うーん」と言いながら、さらに首の傾斜角度を増す。
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