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始めは、温厚な笑顔をしていたのに、
「クロンさんの身体を使って、彼本人を探しているんですか。中身だけ、クロンさんではないということですよね? なら――」
今はあの笑顔の片鱗も失われていた。
「――動くな」
獣めいた威嚇。
戦慄の風が駆け抜けたのは間違いない。小春日和だってのに、あたり一帯、気温が零度近くまで下がったかもしれない。
《クロン》の身体が確実に痙攣した。
アルトでさえも、普段の丁寧口調のお姉さんが、厳しい内容の命令系を使ったことに驚いたらしく、口をひき縛り目を丸くした顔を取った。
《旦那、これは? あんの娘さん、尋常じゃあねえ》
いや、俺にもわからん。こうなるとセイが魔王というのはシナリオ上のミスで、実は俺が召喚した魔王はハルだったんじゃないかと思ってしまうほどの凶悪な空気だぞ、これは。
俺も、「気配」とかそういう超感覚を察知できる人間ではないが、これまで一度だけ「これは殺気ではないか?」と感じたことがある。
その時の空気感も、とある双子と相対したハルが察知したものだった。
思えばあの時も、彼女の口調は荒かった。
今のハールムゥトは何者でもビビりそうな――暗い眼光だけを右の瞳に輝かせ、《硬直中のクロン》を凝視していた。
また声を発した時には普段の口調に戻っている。ただ声は厳しい。
「一切、口を開かないでください。貴方が何者かはどうでもいいです。あとは私たちでクロンさんのことは探しておきますから。貴方は下手に動かないでください。もしも――」
そこで、ようやく彼女は「ふっ」と破顔した。
「いえ、ごめんなさい」
ただ、それが優しい笑顔だったかと問われても俺には自信を持って返答できない。
なんというか、虚ろな。
「その雰囲気、私、あまり好きになれません。なので、もしも、クロンさんの顔で、」
微笑は沈降してゆき。
「余計なことを――言ってみろ」
またも、不可思議に肺が萎縮する悪寒。その行間に殺意らしきものを再発見する。
チビリそうだ。
極々たまに、ハルは優しくなくなる時がある。普段は誰に対しても優しい奴なのだが、俺やセイにアルト、そういった面々のことが絡む時などは時折、優しくなくなる時がある。
今のハルの雰囲気にはまったくもって容赦など無かった。
「キ……木キきッ!」
もはや《クロン》も小細工を使う余裕を感じなくなったらしい。
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