竜宮城の朝

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美咲婆にヤキモキしながらあたしは母さんの部屋に戻る。 母さんはまだシャワーを浴びていた。 「ちょっと背中の産毛剃って~」 私はスウェットの裾を捲り、 腕捲りして母さんから剃刀とボディーソープを受け取った。 ぞりぞりぞり… 白くて柔らかくてスベスベの肌、 お客が付くのも頷ける。 母さんの年はたぶん30代前半。 でも25歳位にしか見えない。 「はい、できました」 「さんきゅー」 あたしはそのままお風呂場の掃除をする。 母さんはバスタオルで体を拭くと 裸のままドレッサーの前に座り、髪を乾かし始めた。 胸が大きくて、くびれていて、お尻も大きめ。 痩せては居ないけど、すごく色っぽい体だと思う。 それに引き換え自分は… ガリガリで胸もお尻もぺちゃんこで、本当に母さんの子供だろうか?と不思議になる。 浴槽とタイルの水気をバスタオルで拭いて、 接客出来るように洗面器等を準備する。 汚れたタオルを抱えて階段横のタイルシューターに投げ落とす。 明け方にもなると、一階から吹き抜けになっているタオルシューターが 三階迄いっぱいに溜まるのだ。 あたしはそれを見るのが好きだった。 タオルシューターの裏側が収納になっていて、 綺麗に選択されたタオルが入っている。 バスタオル一束と フェイスタオル二束を抱えて、元来た道を戻る。 タオルをベッドに掛け ごみ箱に掛け 枕を包み マットに重ねる。 残ったタオルは畳んで積み上げ あたしの仕事は一先ず終了。 母さんは栗色の髪の毛をホットカーラーで巻きながら化粧をしている。 どうせ落ちるからと化粧は薄目にするらしい。 母さんの部屋を出たのは6時半を過ぎた頃だった。 この一連の仕事の後の楽しみ それはフロントにいる蒼井ちゃんに『セット終わりました』と報告する事。 竜宮城の誰もがあたしをコキ使って当然と思っているけど 蒼井ちゃんは違う。 あたしを誉めてくれる。 ありがとう、えらいねって言ってくれる。 一階の廊下を付き抜けるとお客さん用の玄関とフロントがある。 でも蒼井ちゃんは居ない。 「セット終わったかい?」 拍子抜けしていると、佐伯さんが待合室から半身だけ出して声をかけてきた。 「はい…」 私は思い出した。 蒼井ちゃんはまだ美咲婆の部屋に居る…? 佐伯さんがチカチカ光る店の看板を外に出して、 竜宮城の朝は明けた。
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