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「お疲れ様でス」
あたしは従業員用の勝手口から、カビ臭いこの【家】に入る。
嘘みたいに豪華な内装。
いつもジメジメと空気は澱んでる。
心の中で呟く。
(ただいま…)
「おっアヤ子ちゃ~ん、
おはよ~」
フロントからスーツ姿の蒼井(あおい)ちゃんが
あたしに『おかえり』を言う。
もう夕方の4時半なのだから、おはよう というのはおかしいけれど
あたしはこの業界挨拶に何の疑問も持たなくなっていた。
「あ、今日から夏服なんだね~」
蒼井ちゃんが眩しそうに目を細めて言う。
「やっぱりセーラー服って永遠の憧れだわ~って俺オッサンだな」
蒼井ちゃんは25歳、茶髪で中肉中背で
私にも優しい。
「俺がここに来た時、アヤ子ちゃんまだ子供だったのにね~」
蒼井ちゃんは三年前の春、竜宮城へやって来た。
それまで灰色だったこの家に、少しの談笑が生まれた。
「懐かしいですね」
あたしにとって蒼井ちゃんは唯一家族みたいに思える存在だった。
世間話もそこそこに、蒼井ちゃんは私に指示を出す。
「今日はとりあえず~…そうだな、
2、3、5号室のセットと~
春奈さんと麗華さんと美咲さん起こしといて~」
…春奈さん、あたしの母親。
「春奈さん7時からダブルで指名だから伝えといてね~」
そして此処、竜宮城で一番の売れっ子の
乙姫だ。
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