竜宮城の朝

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下駄箱の奥にあるのが従業員用のトイレ、 もはや【便所】と言ったほうがしっくりくるトイレだ。 サッと掃除をし、トイレットペーパーを三角に折り 汚物入れの袋を取り替える。 本当に汚物だと思う。 あたしは何故か産まれてしまったけれど あたしの本来の姿…。 汚物は、トイレと垂直にある【待機部屋】と書かれた扉の部屋のごみ箱に捨てる。 待機部屋… お姉さん達が仕事に付く間、待機をする場所。 其々名前の書かれたロッカー、冷蔵庫、小さなキッチン、電子レンジ、テレビ、大きめのちゃぶ台… あたしはここの掃除もしなきゃならない。 何故ならお姉さん達の払う【お茶代】で用意されているオニギリやお茶を飲むから。 ここで生活させて貰っているから。 だからあたしはお手伝いしなくちゃいけない。 もう生活の一部だし、なんにも感じないけどなんとも言えない気分になる。 お姉さん達がどうやってお金を稼いでいるのかは、 小さい頃からなんとなくわかっていたし そういう商売もアリだと思う。 でも… 考えれば考えるほど 自分が可愛がられない理由がわかる気がして 憂鬱になる。 そんな事を考えながら絨毯に掃除機をかけていると、 コンコンとノックと共にスーツ姿の佐伯さんが入ってきた。 「おっおはよう!アヤちゃん!コレ!置いとくねぇん!」 佐伯さんは、オニギリの8個入ったパックを2個と500ミリのペットボトルが10本入ったカゴを ちゃぶ台の上に置いた。 「おはようございます。はい、ありがとうございます。」 佐伯さんはマネージャー。 お姉さん達の出勤確認や黒服に指示を出したり、お客さんにアンケートをとったり、お客さんのお出迎えにお見送り…と、忙しい人。 「コレもよーろしくぅ!」 それはA4くらいの紙。 …成績表。 この紙1枚で竜宮城は嵐になる。 「はい、わかりました。」 佐伯さんは忙しそうに部屋を後にした。 初老の佐伯さんはテンションが高く、 まるで八百屋のおじさんの様なしゃべり方をする。 お姉さん達の話では佐伯さんは躁鬱らしい。 少し禿げているけど、女の子の扱いが巧いので皆から信用されている。 あたしは絶対蒼井ちゃんの方が信用できると思う。 掃除機を壁に立て掛け、ちゃぶ台の周りに座布団を敷く。 座布団の上には膝掛け。 ペットボトルは冷蔵庫。 古い成績表の上に新しい成績表を貼って、待機部屋の掃除は完了。
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