走る!②

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 この土地に来てから唯一始めた事が『単車に乗る事』だった。初めは自分の肉体の力以外で移動できる嬉しさだけだった。  自転車がエンジン付きの乗り物に代わった、旅行や買物の足が単車になっただけ。ごく普通の『バイク青年』のプロセスを踏襲しているにすぎなかった。  そして『もう少し上手になりたい』と思いはじめた時にとった行動が『峠道を走る事』だった。  一人でターマックの林道を走る日々。行き着いた先が○○山だった。  この山は市内から湾を挟んだ反対側にある独立した半島の展望台までの一本道しかない為、車や単車で面白おかしくヤンチャする人々が集う場所と化していた。標高差400m、片道4.5kmの道に『ヘアピン』『90゚カーブ』『連続100R』『ストップ&ゴー』とバリエーションが多数存在しており、単車乗りとしての根本的なポテンシャルが高くならないと速くなれない独特のレイアウトをしていた。  もう一つ独特なのが、集う年齢層が高いという事であった。海千山千の単車乗りがゴロゴロしており、真当な職を得て単車を趣味と考えていなければ、レース活動に没頭していただろう集団の山となっていた。実際、継続的にレース活動をしている者も居り、岡山県下や三重県のサーキットでは上位で活躍していた。  ショップ主催のサーキット走行会等では初めてのショップであっても紹介者の名前を言うだけで  『あぁ、あんた○○山なん?ウチは素人多いんやから、あんまりイヂメんといてな!』 と言われる事もあった。  そしてこの山に通い、そんな連中に揉まれているといつの間にか自分もそうなっていく。気が付くと、往復7分もかからなくなっているのだ。  その領域には教科書的な乗り方をしてる者などいない。『タイヤは滑るもの』『膝はできるなら擦りたくない』『アクセルを開ける事と前に進む事は別問題』『リアタイヤはハンドルとクラッチを兼ねている』等、各々独自の屁理屈を自分にあてはめて走っていた。  ツーリング等で初めて走る場所でもこの経験が生きた。様々な急に訪れる変化も、ハイペースのまま対処できるようになるのだ。この数年で、この役に立たない財産が山ほど貯まっていた。  テキサスのレーサーを見ながら俺はこれを思い出したのだ。image=133437774.jpg
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