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「……エルフィス」
「……っ」
フェイトが一歩近付けば、“黒猫”は一歩、後退る。
どんどん近付くオレンジに、後ろへと歩を進めていた“黒猫”だが、やがて背中に壁の感触がぶち当たった。
それでも尚近付いてくるフェイトに銀色の切っ先を向けるが……
「っ!」
剣先が、震えていた。
自分でもわかるくらい、隠しきれないくらい……動揺している自分。
「……か、帰れ……」
「帰らない」
「帰れよ!!」
「嫌だ、帰らない。つーか帰れない。エルフィスをこんな所に置いていけないから」
「……っ」
……言わなければよかったと、そう思った。
今の言葉で、目の前にいる人物が本当にフェイトなのだと、そう思い知らされてしまった。
偽物であれば、どんな暴言でも吐くことができたが……今となってはそんな気力すらない。
「オレは……好きだから」
「…………。」
「ライも猫様も、みんな好き。否定したりなんかしないよ。つーか皆まとめてオレが幸せにするから」
「…………っ」
堪えきれなくなって、俯いた。
力が抜けた両手からは大剣がこぼれ、重い音を立てて床へと落ちる。
「あれ?もしかして……猫様ってば、オレが生きてたのが嬉しくて……泣いてる?」
「……泣いてない、ふざけるな」
「嘘だ~。絶対泣いて――」
「泣いてない!」
顔を上げ、睨みつけてきた青い瞳は濡れていた。
必死に腕で瞳を拭い、隠そうとする金髪を、フェイトはゆっくりと抱きしめる。
「……エルフィス」
「…………。」
「…………帰ろっか」
「………………。」
……憎まれるのは、慣れている。
誰かを憎むのも、慣れている。
皆から慕われ、愛される“ライ”が、羨ましかった。
疎まれるために生まれた自分も、ただ、愛されたかった。
「…………。」
声には出さないまま、“黒猫”は黙って頷く。
目の前のオレンジが、ほんの少し――笑った気がした。
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