10454人が本棚に入れています
本棚に追加
最後のほうはいつもの調子で締めくくると、フェイトは一目散に逃げ出した。
その逃げ足の速さに、シドは思わず脱帽する。
先程まであんなに真面目なことを話していたというのに、切り替えが早すぎるのではないだろうか。
「…………始まる。」
曇り空を眺めながら呟かれたフウリンの言葉。
その言葉が、やけに印象強くシドの頭に残っていた。
豪華な装飾は施されていないシンプルな部屋。
ただ備え付けられた家具は見るからに上質そうな素材でできており、黒い革の椅子に座っている人物が相当な階級であることを窺わせる。
紙の束をめくる以外は行動を示さない主の姿に、ドアの近くで待機していた使用人は慎重に声を掛けた。
「ジーク様」
「……ん?」
可愛らしい顔がこちらを向く。
机上のウサギのぬいぐるみが似合ってしまっているのがある意味怖い。
「どうでしたか?」
「どうって……何がかな?」
「その……“神の書”の内容です。暗殺組織のボスから入手したとお聞きしましたが」
「うん。まさかあんな形で手に入るとは思わなかったもんね。おもしろかったよ」
まるで漫画でも読んだかのような感想に、使用人も反応に困ってしまう。
……どうもこの主には、緊張感というものが足りない気がする。
ここぞという時にはしっかりキメる性格なのはわかっている分、余計に言いづらいのだが。
「ただね、やっぱり辛いことも預言されているから……ちょっと寂しいかな」
「辛いこと、ですか?」
「そう。とっても悲しいこと」
「…………。」
「あ、知りたそうな顔してる。じゃあ特別に教えちゃおうかな?」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、手招きするジークに使用人は近付いていく。
フカフカの絨毯(じゅうたん)を踏み締め、机を挟んで主の前に立つと、ジークは整った顔を使用人に近付けた。
青い瞳が真っすぐと見つめてくる。
「……とても悲しいことなんだけどね」
声を潜めるジークに、思わず息を呑む。
いつもの彼らしくない、複雑そうな表情だ。
最初のコメントを投稿しよう!