10454人が本棚に入れています
本棚に追加
「……カリム……何か……あったのか?」
血にまみれたワイシャツ。
薄汚れたズボン。
いつも一つに結わかれていた髪は結わかれておらず、ややボサボサとしたストレートになっている。
おまけに眼鏡を掛けていないものだから、一瞬誰だかわからない。
カリムの手にはしっかりと眼鏡が握られているのだが、フレームは歪み、レンズがひび割れてしまっている物を眼鏡といっていいものなのか……。
「……階段で転んだだけです。たいしたことはありません」
「いや……階段で転んだにしては、まるで大型トラックにでもはねられたような様相だぞ?」
「……お言葉ですが、ホームルームの時間を有意義に過ごすためには無駄な詮索は控えるべきかと。それが教師たる貴方の役目なのではないですか?」
見た目が変わり果ててしまっても、淡々と語るこの口調はカリムそのもの。
返す言葉がないと思ったのか、担任は出席簿を手に取り、落ち着かない様子で出席確認を再開させた。
微妙な空気が流れる中、カリムはゆっくりと自分の席を目指す。
右足を引きずり、今にも倒れそうなカリムを見れば、何か尋常じゃないことが起こったのは明白だった。
「……カリム、どうしたんだ?」
自分の横を通り過ぎようとしたカリムに、ゴウキはすかさず声を掛ける。
するとカリムはゴウキの方を見向きもせず、ただ声を潜めたままポツリと呟いた。
「……おまえも気をつけた方がいい」
「誰かに狙われたのか?」
「……そんなところだ。それと……他メンバーにはこのことは話すな。特にライに伝わると厄介なことになる」
「ライ?」
「とにかく、トラックに轢(ひ)かれたとでも言っておけ。階段から落ちたという言い訳は通用しないみたいだったからな」
「…………。」
どうやらカリムは本気で『階段で転んだ』という言い訳が通用すると思っていたらしい。
……この有様で、いくらなんでもそれは無いだろう。
そんなことより、何故カリムはこのことを隠そうとするのか。
そして何故ライに知られたくないのか。
追求しようとするも、カリムは足を引きずったまま、前の方へと歩いて行ってしまった。
……窓の外を見れば、雨が降りだしそうな曇り空。
夏場は元気に照り付けていた太陽も、今は鳴りを潜めている。
……ただ、静かに、その時を待つように。
最初のコメントを投稿しよう!