依頼⑦~魔女とクロネコ~

49/64
前へ
/797ページ
次へ
見上げると、血濡れたキセルを手に持ち、見下ろすようにこちらを見ている女の姿。 「クロ……誰がその殺しの技、教えたと思ってるんだい?」 「っ!」 剣をつかもうとした右手に乗っかる厚底の下駄。 右手がミシリと嫌な音を立て、思わず顔が歪む。 「……で?当然戻ってくるんだろ?」 「ゔっ……」 今度は女性の左足の下駄が背中にめり込んだ。 そのまま覆いかぶさるようにしてしゃがみ込むと、女は血に濡れたライの髪を乱暴に掴み上げ、頭を自分の方へと向かせる。 ……人間の、目ではない。 魔女の目だ。 「……戻ら……ない……」 「……聞こえないね」 「うぐっ!」 頭を地面にたたき付けるとくぐもった声が返ってきた。 グッタリとしているライを見て、再び魔女の唇が弧を描く。 ……抵抗したところで、どうにもならないであろうことは直感していた。 しかしそれでも抵抗するのは、“ライ”としての意地。 ここで諦めれば、自分はもう二度とこちら側には戻ってこれなくなる。 「……アンタももう、わかってるんだろ?」 「な……にが……」 吐き気がする。 寸前のところで失神は免れたが、やはり頭部への攻撃が効いていた。 グラグラする頭で上を見遣ると、女の目が僅かに細められたのが視界に入る。 ……全てを見透かしているような、目。 「必死に“黒猫”から逃れようと思えば思うほど、アンタの中に黒い感情が流れ込んでくる」 「……そ……れは……」 「その結果がこれさ。 アンタは―― いや、 “ライ”は、壊れかけてる」 「っ!!」 肩がビクリと揺れた。 高鳴る心拍数に引き寄せられるように、女の顔が近付いてくる。 「……安心しな。アタシが求めてるのはアンタじゃない。クロの方だ。 ……嬉しいだろ?他の連中はアンタを受け入れてもクロは否定する。その誰にも愛されないクロを、アタシは必要としてやってるんだ。ありがたいと思わないかい?」 「…………。」 「“ライ”は存在しない。でも“黒猫”は存在する……それが真実だ」
/797ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10454人が本棚に入れています
本棚に追加