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T県警の捜査班が到着し、現場の検証をしている間に金子と絢米はホテルのエントランスを少し入った所にあるロビーで煙草を燻らせながら話していた。
「結城さん、そうとう落ち込んでたから……。余程辛かったんですね。」
目頭を軽く押さえながら金子は絢米にぽつりと言った。
「どうやら……」と続ける。
「梅の宿の女将さんが、亡くなった昔の恋人に似ていたらしくて。その事故の時に車を運転していたのが……僕は後輩としか聞いていませんでしたが……守だったみたいですね。遺書の『由亜』っていう名前が、多分その恋人の事ですか。」
「そうか、なるほどな。それが彼の嫌な記憶を掘り起こさせたのかな。つまりは、あの美人な女将さんが彼の殺意を引っ張り出してしまった訳だ。」
絢米が返し、そして言葉を続けた。
「しかし、まぁ、完全犯罪っていうのは、得てしてこういう精神的なところから脆く崩れ去ってしまうものなんだな。結城君の親父さん……金子君には、結城警視総監と言ったほうが通りが良いかな。……にもそろそろ連絡が入っているだろうね。さぞやお辛いだろう……」
そう言う絢米の目は、何処か寂しげに子を思う親の目であった。
似たような年頃の息子の顔がその瞳には映っていたのだろう。と金子は涙を堪えながら推察するのだった。
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