90人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
――かぐや姫?
そう。最後はみんなと月の都に帰って行くんだ。
めでたしめでたし。
月には都があるの?
私行ってみたいっ!
わかった。
いつか俺が連れて行ってあげるよ。
本当に?
嘘じゃない?
本当だよ。
――約束だ。
「は……っ」
勢いよく身体を起こすが、頭の奥に甘く痺れるような声が残る。ゆっくりと夢から覚める心地を味わいながら、俺は目を開けた。
何時もと変わらぬ位置に卓子があり、その上に置かれた灯りが油を切らして煙を上げている。
久しぶりにあの頃の夢を見た。
今夜が満月だからだろうか。
障子に透けて差し入る月明かりが眩しくて、目を細める。
あの子は今どうしているだろうか。
髷から垂れてきた髪をそのままに、布団から出て立ち上がる。
どうせ今日は寝られないだろうから……。
――――――
翌日早朝から呼び出しがかかる。俺の仕える時蔭(ときかげ)様の朝は早く、それもまた日常だった。
「幸信(ゆきのぶ)……今宵の予定はあるか?」
齢三十五を迎えられた柔和な顔がこちらに向けられる。
この方の傍仕えとして屋敷で寝起きをしている俺には、この方以外のことで予定などある筈もなく
「ございません」
即答する他なかった。
その答えがわかっていただろうに、俺の返答を聞くなり
「そうかそうか。ならば堅物と有名なお前の顔(かんばせ)を、崩してみるとするか」
と言ってお笑いになる。
そう言われてもどう反応すべきか図りかねて、結局頭を下げて退出した。
一体何を企んでいるのだろうか。
「幸信!今夜は楽しんで来いよ」
「是非とも感想を聞かせてくれ」
「俺もその仏頂面が変わるの見てみたかったな~~」
仲間達に変な冷やかしを貰い、憂鬱な気持ちで支度する。時蔭様曰わく、これから出掛けるのだとか……
やはりというか
何というか
嫌な予感は的中した。
最初のコメントを投稿しよう!