― 淡夢 ―

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  夜だと言うのに灯籠が赤々と闇を照らし出す。 かの有名な大門をくぐればそこはまるで別世界だった。   高下駄をパタンパタンと鳴らして歩く着飾った女達。鼻の下を伸ばしてその後を追う男。   郭の檻中からは女の白い手が、品定めをする男達に向かって艶めかしく揺れていた。 「幸信、着いたぞ」 時蔭様は年を召したことで弛んだ頬を揺らして笑う。その愉しそうなこと。   「やはり島原でしたか」 他の所であることを願っていた俺は、的中してしまった予想に肩を落とす他なかった。方々からは楽しげな座敷遊びの管楽が聴こえてくる。 逃れることが出来ないまま、結局時蔭様の後に続いた。 俺は島原が苦手だった。もともと話すのが得意ではない性分で、お喋りな女達を前にするとどうも萎縮してしまう。 あの技女達特有のくねくねとした動きも気味が悪かった。 別に女嫌いという訳じゃあないんだが。 「まぁあ~時蔭の旦(だん)さんおぉきに。今日はお一人で? ……あれあれ幸信さんも一緒でないかい!これは座敷が騒がしくなるねぇ」 部屋を割り当てる婆さんが声を高くするのが聴こえて来た。 以前時蔭様の護衛についてきた時、別室に控えていたにも関わらず女達が群がってきたのだ。ベタベタと無遠慮に触られた記憶が蘇る。 主が助けに来てくれなかったら……思い出すのも恐ろしい。 あれからというもの、座敷遊びをしたこともないというのに名前を覚えられてしまった。 「連れて来いとおなご達が煩いからな。若い男は羨ましいものだ。別室で楽しそうにされるのはちと悔しいから、今日はこやつも遊ばせようと思ってな」 主が豪快に笑って震わせる背中の陰で嘆息する。 これで“仕事です故”という言葉の逃げ道を失った。 「嫌だねこの人は。幸信さんに集まる女をつまみ食いする気だね?今日は半玉(見習い)もお座敷に行かせるから無理強いはしないでやっとくれよ?」 冗談を交えながら段取りを踏むと、あっという間に座敷に通された。 憂鬱な気持ちで二階への階段に足をかける。板木の鳴る音までが煩わしい。 ミシミシと半ばやけくそで歩くその途中、早くも技女の一人に捕まってしまった。主と何か話しているが、どうやら自分にも関係することらしい。    
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