気紛れな画家

9/26
前へ
/194ページ
次へ
グイッと体を引っ張り上げ、輝が驚いてつまずいてしまわないように、そっと腰に手を添える。 「あっ…」 少し強引に引っ張り過ぎたかな? 腰に手を添えたのと同時に、輝は声を出した。 「ごめん、痛かった?」 「ううん…」 輝は大きく首を横に振って、少し笑った。 輝が姿勢を正したのを確認して、ゆっくり先導を始める。 「…紗綾ちゃん…」 教室から出て、ほんの一、二歩ほどあるいたところで、輝が私の名前を呼んだ。 「? なに?」 いつも話しながら移動するものだから、その日もいつもと変わらぬように、歩みを進めながら返事をした。 「ありがとね。私の目になってくれて」 輝が間を空けて発したその言葉は、おそらく私の中で最も求めていた言葉で、最も喜ぶべき言葉だった。 「は…恥ずかしいからやめてよ…」 歩みが止まってしまっていた事でさえ、その時は気が付いていなかった。 恥ずかしいのは本心からだ。 だけどそれ以上に私は“救われた”のだ。
/194ページ

最初のコメントを投稿しよう!

422人が本棚に入れています
本棚に追加