小さな箱

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「大体ユウにはロマンチックな気持ちとかそういう物がないのよ」  彼女が僕の車におびただしい量の布団を積めながら言う。一体何人で車に泊まる気だい?と僕が問うと、話を逸らしたこと、冬の車中泊を舐めきっていること、その双方に対し10分程度の怒りの講義が始まった。僕は福袋に混ざっていたどうしようもない服が、タンスの隅に押し込められるときよりも縮こまりながら、その講義を受講する。 「いや、僕にだって少しぐらいロマンチックは眠ってるよ」  何度も繰り返す。僕は刹那的に生きている。 「ほほう、どんなロマンチックが?」  彼女が車に布団を押し込むのを止め、僕に向き直る。僕は視線を逸らし空を見上げる。星がきれいだな。一瞬の安らぎが胸に横たわる。そして遥か昔に書いた、たった6行の走り書きを思い出す。 「僕だって昔は小説を書くロマンチストだったんだ」 「初耳、教えて、どんなものを書いたの?」  簡潔な言葉で彼女は僕を糾弾していく。言うんじゃなかった。胸に恥ずかしさが込み上げてくる。 「それはできない」 「何で?」 「恥ずかしいからだよ」 「とか言って嘘だから?」  あぁ、こうなったら覚悟を決めないとダメだ。それでも僕は無意味にポケットを漁りながら、何か素敵な解決策が沸くことを期待している。 「たった6行しか書けなかったんだ」  ポケットの中に神様はいなかった。代わりに、いつの物かもわからないレシートが、埃にまみれて姿を表した。 「6行?教えて?」  彼女の目が満点の星空を何倍にもしたかのように輝き、僕を見つめる。僕は何度もそれを拒否するも結局どうにもならず、その6行を彼女に教える覚悟を決める。  彼女がひょこひょこと僕に近づいてきて、寒さで赤くなっているであろう耳を僕に向ける。僕はその耳を両手で覆う。吐く息で彼女を暖めるんだ。そんなことを言い訳として心で叫び、その恥ずかしい6行の文を伝える。  ちいさな、ちいさな部屋の中で。  死んでしまいたいと彼女は泣いた。  ちいさな、ちいさな肩を抱いて。  そんなの嫌だと僕は泣いた。  ちいさな、ちいさな呟く声で。  死ぬほど嬉しいと彼女は泣いた。  それらを囁く声で伝える。彼女が満面の笑みでジタバタしている。 「恥ずかしい!!」  わかるよ、僕の方がもっと恥ずかしい。 「でもすごく素敵」  
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