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ホテルを出て、駅へと歩く。
既に明るいが、人影はまばらだった。
『少し、お茶しない?』
不意に話した彼女の声は、懇願のように聞こえた。
「あぁ」
これから起こるであろう事柄を予想してた俺は、少し渋ったように、返事を返す。
駅前の喫茶店は、徹夜明けの人が意外と多く、二人気まずそうに、奥の席に付いた。
「コーヒー2つ」
店に入り、お互いコーヒーを半分程飲む間に、放たれた言葉は、これだけだった。
お互い考えている事は、同じだろう。
『お願いがあるの』
最後の最後まで、話を切り出すのは、彼女だった。
『そのコーヒー、飲み終わってから、店を出てくれる?』
「あぁ」
俺の返事に穏やかに微笑んだ彼女は、急ぎ目にコーヒーを飲み出した。
反面、俺は極力ゆっくり飲んでいった。
『それじゃあ』
コーヒーを飲み終えた彼女は、ゆっくり席を立ち、最後に握手でもと、手を差し出した俺に、笑顔で首を横に振った。
『バイバイ』
私、今もこれからも幸せです。というような、誇らしげな笑顔だった。
「ばいばい」
この時の俺は、どんな顔をしてたんだろう?
多分、情けない顔だったんだろう。
姿が見えなくなるまで見送ったが、彼女は一度も振り返らなかった。
その後、残った半分のコーヒーで、一時間粘った。
せめてもの俺の意地だった。
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